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【2003年4月】

4月30日(水)  ゼミ準備
に大童、のはずがあぶく銭片手に秋葉原へ。いやほら一日エロゲー売ったあとってギャルゲー分が足りなくなるじゃないのさ。
 『m 〜君を伝えて〜』のPS版を探して歩くも中々見つからない。
 歩き回るうち、ソフマップで『シスプリ2』の初回限定版が通常版より廉く売られているのにあわれを催して保護してしまう。
 結局『m』はSS版がリバティで180円でした。PSの方がムービー綺麗なんだけど、まあ贅沢は言ってられません。

 そのあとはちゃんとゼミの準備をして、お茶会の例会、ついでSF研の例会へ。どうせ家へ帰ってもネットに繋がらないのでしおりんとこでマシュウと妹語りなどしつつレジュメを切る。急場でいくつかウェブで当たれた資料があったので、この判断は正解だったような気がする。

 なんだか普通の日記みたいやわ。
 ので、本日の電波。
 SF研の例会で何故かみつきさんとアリムラユウの小説の話。
 正直上手くて驚いたわけだが。
 それを見て俺がなるほどアリムラユウってのは評論家肌揃いの中に紛れ込んできた作家だったのだな、と思ったと言ったところ、「俺も評論家なのかっ!?」と抗議を受けるの巻。
 つまるところ読む事と書く事の間の距離の問題なんですが。それが書きが優先される形で非常に接近している。言い換えると、読みの純粋さが書きの汚染によって失われている。だから彼には美しきものが分からない。真ラブひなとかな。まあ、現ラブひなが緊密で厳粛な構成美を捨てて回り道の、回り道にしかない何かを取った、と言って言えない事はない。その割に直線的に、記号的に進むんだよな、話が。
 ラブひなどうでもいいです。
 まあつまり書かれたものとしてしかそこにある作品を読めない、という事です。作品には作品の内的論理があり、それを実現させる手助けだけが作家に可能な行為だ、というような常識はどうもだから通用しない。
 だから技術論と常識論に終始して読みが深まっていかないわけだが、それがゆえに無造作に読んだものを作品に反映させられてしまう。
 なんだか少しうらやましい気もする。

4月29日(火)  Cレヴォ
 行って参りました。『CAROL』をお買い上げくださった皆様ありがとうございました。
 ご挨拶に伺った元長様、挙動不審で申し訳ありませんでした。緊張してたのです、足が震えるくらい。言い訳にならん。

 DALさんにお会いしました。
 なんというかなるほど俺に良く似た電波を出されている方でした。
 『ゲームミュージックの進化』に興味を示してくれたのがなんとも嬉しかったです。あれはいいものだ。
 こちらこちらを。
 それで買い物終わりという、経済的っちゅーかなんちゅーか。なんかキョドってしまった反動で脱力しっぱなしだったのもあるけれど、なんといっても金がなかった。みんなどこからそんな金を?
 『Royal Princess』は素晴らしかったです。
 鈴凛が四葉を好き、というこの二人を娶わせる時の基本にして奥義、をどこまでも踏まえていく。
 千影・四葉という組み合わせには疑問がないではなくて、それはまあ千影が四葉のようなちょっとずれた子を前にした時に意地悪するのを止められないのが不安だと言う事ではあるのだけれどまあでも些細な事です。

 帰ってくると何故かネットに繋がらない。

4月28日(月)  教職の授業に出ました。
 表の立身出世主義、裏のつがい獲得競争に二元化される共学というシステムは大変抑圧的だと思った。まあ、抑圧的でないシステムなど存在しないわけだが、立身出世主義に対するオルタナティブがすべてつがい獲得競争に回収される事により失われてしまう価値観の多様性は看過し難いだろう。
 あと、未成熟な男女を同じ空間に放り込んでおく事でジェンダーロールが再生産される蓋然性が高くなるのもいただけない。
 別学の魅力は再検討されてしかるべきだ。
 もっと色々考えていたのだけれど思い出せないのでまた今度。きっかけは何週前だかの『サンデー毎日』の、県立高校の共学化を見送った埼玉県を批判する、共学マンセーの反動的な記事を読んでムカついた事。
 それはそうと、結局俺は特権的なオルタナティブ一般を悪んでいるだけのような気もしてきた。


>私信
 マシュウへ。
 http://d.hatena.ne.jp/mami_sp_2/20030407
 http://d.hatena.ne.jp/mami_sp_2/20030415

 まあミステリ詳しくないんでアレなんですが、鞠絵は笠井潔と加納朋子とのどっちが好きなのかいまいち良く分かりません。鈴凛には麻耶雄高を読んでいてホスイ。というか、彼女に彼女が麻耶を面白がれる人なのだと教えてあげたい。


 明日はレヴォです。『CAROL』売ってます’さ10b’「廃屋譚」と、’の29b’「ニュートンの林檎」で頒布いたします。予定頒価は、おまけ同人誌をつけて1,800円です。体験版をお持ちの方は、ジャケットを持ってきていただければ300円値引きいたします。当日ジャケットをお持ちでない場合も、後に完成版と体験版のジャケットを両方持ってきていただければ、300円返還いたします。
 是非お越しを。

4月27日(日)  ドーナツ
 『白き天使達の輪舞』はじめました。
 お尻、て沙弥香が言うたびに伊達先生は尻の穴、と訂正する。つまりこれか。ワイセツだな。

 DNA『GGG』。
 何故ガガガ? とまず思う。読んでる最中もそう思う。読み終わったあともそう思う。
 いやこれ無理ありすぎだろ、企画に。

4月26日(土)  コンパ
 お茶会の新歓。
アリムラユウ「『サクラ大戦』のキャストはどうなんだ?」
漏れ「氷上恭子の使い方が面白い」
アリムラユウ「氷上恭子誰だっけ?」
ネ申「お前椿ちゃん忘れてどうすんだよ!」(間髪入れず)
とか、そんな話をば。
 今でも、氷上恭子、増田ゆき、岡村明美という、江崎(当時)の娘声3トップが精一杯なのにここまで渋い事を思い返すたびに衝撃と萌えを同時に覚えます。余談ながらchiffonの残り一人、若いアイドル路線のはずの小島幸子の渋さとかも流石です顔じゃなくて声ね。
 尚、『サクラ大戦』は江崎総受けという、世にも稀なゲームでした。声優の文脈よりも作品の論理を優先させる形で声優が充てられているあたりも珍しい事例かも。まるでギャルゲーじゃないみたい。
 つまるところ。ギャルゲーじゃないところを目指したゲームでもあったという事でしょう。

4月25日(金)  部室で
しとね、やまけんと延々ギャルゲーOP集を見るの巻。
 サターン・プレステになればやった事はなくても絵とタイトルと出演声優の何人かは無論分かるわけだが、PCエンジンには見た事もないゲームがちらほらと。
 物凄い引け目を感じる。
 サターンのギャルゲーには散々お世話になったけれどその直接の先祖であるPCエンジン・メガドライブには世代的に微妙に遅れてしまった事による、PCエンジンゲーのOPを見ていると湧き上がってくるやるせないむずがゆさ。クセになるね。
 なんかギャルゲー専修課程とかあったら俺ら優秀な生徒だな、て思った。すごい書誌学・文献学的知識溜め込んでるもの。

4月24日(木)  『女教師』
 麻美先生の巨乳が唐突に無性に恋しくなったので、また始めてみました。
 アトリエかぐやのゲームってやっぱりなんかヘン。
 それはもう、『恥辱診察室』で異形の完成を見るところのスカトロ好きは置いておいてもヘンなのである。
 祐一郎シナリオはある程度まっとうなただの陵辱・調教モノなんですが(ちゅうてもヘンだけどな)、浩巳シナリオは本当にもう。
 なんで綺麗な女教師とラブラブセックスしたいだけなのに「クズのくせに!」とか罵られたりイチモツを鞭打たれたりせなあかんの。まあそれは歌穂先生がホンモノのサディストだからなんですが。だから彼女にとっての愛とはそういう形をとる他ない。女教師を(に?)誘惑して篭絡するというコンセプトでサディスト女教師を誘惑するんなら体張るしかないわな。理の当然だよ。理の当然なんだが、釈然としないものが残る。
 ていうかこの歌穂先生という人は、虫も殺せないような顔をして、その実出来の悪い生徒を人間とも思っていない困った人という設定なんですが、そんな本性を持った性悪女との調教ライフしか描いてくれないので、結果として虫も殺せないような顔してないです。羊の皮を被った狼どころか、羊を平らげてる最中の狼。それだけに、陵辱ルートが爽快な事爽快な事。なんか違うだろ、そりゃ。清らかな女教師を堕落させていくようなそんなお話がやりたいのにっ。どこかが根本的におかしい。
 炎之華先生は綾崎若菜そっくりという困ったお嬢さんですが、陵辱ルートではそういう意味では一番まとも。教育にまっとうな信念と情熱を持つ真人間が脅迫と陵辱でどんどん堕とされてゆく。調教が進む快感の影に一抹の悲哀が、ってバカみたいな事言ってますが。でも、この人は誘惑ルートだと本番させてくれません。妹を宛がってくれます。が、いらねえよ幼女なんか。いや、なんだか妹に対して理奈先生と組んで人体実験的な何かをしているという設定がもうどうかって感じなんですが。
 この手のなんだかヘンなヤリゲーというのは確実に存在して、まあ代表的なのはスタジオメビウスですけど、そのヘンさってこう、微妙にスルーされている気がする。いや、まあしとけって話なんだけど。アージュが好きなのは実はそういう理由です。

 アーツのあのクラスの声優なら確実にやっている、との確信が先行しているというのは別に言わなくったってかまわない本音なわけですが、確かなソースが見つからないから境界領域で代用するというマナーの悪さ。反省します。が大筋が変わるわけではないのですが。

4月23日(水)  ハインライン
 読んでないし読みたくもないだけだと思います、みんな。悪くないんだけど敢えて読みたいかって聞かれるとそんな事はまるでない。そんな印象。あんま読んでないけど。
 『新現実vol.2』は小説原稿を除けばササキバラ原稿と佐藤原稿以外読まなくていい感じです。佐藤原稿は一つの『AIR』論として、ササキバラ原稿はエロゲ文化の概説的なものとして。
 俺の解釈はかなり恣意的なんで、本文に当たられる事を希望します。

4月22日(火)  FSSとか。
 バビロン王は天位騎士なので、それは無理かと。
 強天位のジャコー、小天位のオルカオン・ハリス、剣聖預かりのマドラ・モイライあたりでないと。あるいはまさかの黒騎士。
 考えてみると桜子はマイトであって、である以上彼女に「算数や理科を教えられる先生はひとりもいない」のだから、授業をサボっても問題ないのは当然である。コ・プロ相手の屁理屈はその一点で決定的に説得力に欠ける。なんつーかな、持てるものの余裕だよね。しかも努力とかいらんし。ずっこいなあ。

 それにしてもクリスの金髪の見事な事。わさわさ。金髪は波打って広がらないと嘘な訳ですけど、これは物凄い本物っぷりです。
 クリスと言えば忘れてたんだけど、顔はひょっとしたらヨーンくんより坊ちゃまの方がいいんじゃないかしら。・・・忘れておく。

 なんかリファ来たんで参加してみることにすますた。これも何かの縁でしょう。

4月21日(月)  オメラス&猫クリップ集
 指摘を受けて14日と18日の記述を訂正しました。

 表題どおり。
思い出し日記4月12日
けいじばん04/14
へんじゃぱ4月14日
思い出し日記4月14日
動かざる歴史4月15日
思い出し日記4月15日
l-u-n-a-t-i-c asylum 4月16日(水)23時42分20秒
 衒学萌え日記4/16
 l-u-n-a-t-i-c asylum 4月18日(金)21時58分09秒
 衒学萌え日記4/18
 l-u-n-a-t-i-c asylum 4月19日(土)22時11分15秒
動かざる歴史4月16日
思い出し日記4月16日
電脳辺境20030419
 思い出し日記4月20日
 動かざる歴史4月20日
へんじゃぱ4月17日
 思い出し日記4月21日
 動かざる歴史4月21日
 l-u-n-a-t-i-c asylum 4月21日(月)23時15分19秒
電脳辺境20030421

 ネタがないorめんどい時はリンク集だね、やっぱ。
(4月25日追加分)
衒学萌え日記4/22
四季折々の掲示板2003/04/22 07:32
夢の記憶4月22日
思い出し日記4月22日
l-u-n-a-t-i-c asylum 4月23日(水)21時00分43秒
四季折々の掲示板2003/04/26 23:30

4月20日(日)  顔が好き
 そのようでした。
 そっかヨーンくんか。なんかこう、たらしっぽいよなあ、彼。ヨーンくんにとってのバーシャがアイシャにとっての天照であるのならば、原理的にヨーンくんは女の子引っ掛け放題。その上ヒッター子爵風の眼鏡まで掛けて全身からたらしオーラがぷんぷん漂ってるわけだ。確かに桜子にはやめとけって言いたい。
 アイシャの掌底を喰らって立った、というのはなんとも説得力のある強さの表現である事よ。やっぱ負ける相手は選ばないとな。イマラとか巴じゃダメね。ジャコー批判かッ。
 しかし新世代の男騎士たちの中でヨーンくんの顔が一番良いのは疑いようもない。レーベンハイトとか・・・ねえ。

 それはそうと顔。白雪の顔はでも、亞里亞と並んで特別に可愛い感じがする。
 にも関わらず四葉の顔の方が好み、という時点で鈴凛が他人とも思えないのは当たり前なのでありました。
 顔は好きって言うのと良いって言うのとがちょっとずれていて、紅蘭の顔はとても好きだけれどさくらくんの方が美人、みたいな問題をみんなが抱えていて、だから賛辞が出にくいんじゃないか、と思います。
 白雪はやっぱりあの、十二人の妹たちの中でもトップクラスに整った顔を好きになる事と白雪という女の子を好きになる事の間に不可分な関係があるような気がする。そして無論、白雪の顔が整っている事と白雪の顔が好きになる事の間にも。

4月19日(土)  にゃーんか
ずっこいなあ。
 先回りしがちな僕らのためにはそういう距離も必要なのだろうけれど。

 それはそうと、マシュウが「ほん」に載せ忘れた原稿のアーカイヴ。
吉川良太郎

 第一回日本SF新人賞を谷口裕貴と同時受賞した、日本SF界期待の若手。本業はジョルジュ・バタイユを専攻する大学院生であり、その事――つまりジョルジュ・バタイユという魅惑的な名前をやたらに前に押し出したがる、格好付けの激しい作家。その格好の付け方は中々に複雑で、作中ではバタイユのバの字も出さないのにあとがきやらインタビューやらではその話しかしないという拘りよう。登場人物の思考の傾向として表現できる程度にしか用いないのならば、どこの誰の思想であろうと十分に特異ではありえないだろうし、実際バタイユ的に思考し行動する彼のキャラクターは、ただの人嫌いの困ったさんでしかない。それでも俺の小説はバタイユだと言わざるを得ないのが彼の美学、拘りであり、その名前を作中では出さない事も含めたこの拘りが格好付けた分だけの格好よさを保証している。

『シガレット・ヴァルキリー』
『ペロー・ザ・キャット全仕事』
『ボーイソプラノ』

 とりあえずここに貼っておきますが、後々どうするかは考えます。

4月18日(金)  ビバ! 涼森
 『美術教師・涼子』がやっぱり好きだというお話。
 あるいはくだんのピュアガの感想。まだ書いてなかったので。
 そして井上喜久子。

 『妻みぐい2』はじめました。
  人妻ジャンルというのはまさしく熟した体をもてあました女が、肉欲に導かれるまま堕落していくさまにこそ主眼のあるものであって、 香苗さんのいい感じに股間で思考するバカ女っぷりは素晴らしいと思いました。そういやこういうのこそ井上喜久子が一番輝くジャンルだよな、とも。孕ませたい、と思った。俺の子を産んで欲しいとは絶対に思わないですけどね。俺の子を産んで欲しいのは敢えて言えば遙の方。姉さん。その正体は花穂。姉ゲー来るよ、絶対。来ねえよ。

 『おねがいティーチャー』はやっぱり女教師モノとしてダメだと思った。
 井上喜久子の声が保母さんみたいなんだもの。保育園児の時分から保母になりたがるようなまっすぐで無邪気な権力志向って女教師とは微妙にずれる感じがする。そういや喜久子お姉ちゃんは保母さんを目指していたのでした。
 教師って言葉と全共闘崩れって言葉の区別が微妙についていないのですが、やっぱり学校に上がるような年頃の子供の前には幼い頃に夢見た権力の座を手にした勝者ではなく、なんらかの断念の陰影を抱えた人物が立っている方が萌える。まさに没落貴族。
 そんな意味でママティーチャーよりも姉さん先生の方が概念として萌えるわけですよ。流石拓郎。
 で、涼森ちさとなんですが、あのエロゲ声優臭いヘタレた発声とか、そういうニュアンスに物凄いしっくりくるんですよね。

 元長―東対談。
 作家と評論家の対談では、評論家の方が強い語彙を持っているのは当たり前の話。東浩紀による体系的な元長柾木・エロゲ理解のどこに元長柾木が違和感を持っていたのかは正直誌面からは良く分からない。でも、なんらかの違和感がなければこういう記述にはならないだろう、と思う。
 日本の将来は絶望的だ、みたいな事を言う人は一般に悲しいので、元長柾木にはそういう東浩紀の悲しさをどうにかしてあげてほしい。どっちにとっても余計なお世話だろうけど。
 相沢コラム最終回。う〜ん、ラカンで切ろうと思ったら切れないものは何もないんじゃないかしら? オチとして弱い。ラカンでエロゲーを分析する人、に落ちついてしまっては言説は細る一方ではなかろうか。

4月17日(木)  君を守るために
 キミたちは忘れているだろうが、我々の戦術目標は、「”秋山瑞人性”から優れたSFを護る」事だ。
 何故ル・グィンが秋山瑞人と違わなければならないかと言えば、「SFってそういうもんじゃん。ル・グィンとか」とヤツが言ってのけたからに他ならない。
 まあ、実際違うとは思うんだけど、である以上、違わない派の人は、「ル・グィンなんざ秋山の亜流みたいなもんだ。はっきり言ってクソだね。若い頃に一発お願いしたかったとは思うけど。でもねXXは違うだろう?」のXXを探してきてくだちい。ラッカーでいいよ、別に。ラッカーとル・グィンは何が一見似ていて、結局どこが違うのか教えろよ。教えないと死ぬぞ。羞恥のあまり自ら崩れ去るぞ。
 因みに無論「若い頃に一発お願いしたかった」という記述はそういう不真面目な事を書いてあるのを責めるという逃げ道を積極的に用意しておく事で、そっちに逃げやがった時にプッさせていただくためのものです。お気をつけを。

 「オメラスから歩み去る人々」は共同体性の邪悪を描いた作品である、というところまではみんな同意できるわけだ。
 で、その共同体性の範疇のとりようによって、南北問題としても読めるし、クリスチャニティの話としても読める。オメラスがセーラムの逆綴りである事を、なんなら思い出したっていい。
 何故マシュウが共同体性一般ではなく、特定の共同体の話として読みたがるのかは良く分かんない。なんかいつもと逆の事を言っている気がする。人間の意識は社会的に構成されるしかない訳で、従ってどんな作品のどんな作中人物のであっても判断や行為の背景には社会的―共同体的でもいいけど―な何かが存在する。その事が批判の対象になるんだったら一体何が褒めるに値すると言うのか。
 一人で黙って去るのは無論、共同体性から彼らが離脱した事を明確に示すためだ。そこに共同体の論理は働いていないのだが、この共同体の論理の働かない領域を共同体の論理が例外規定(しかも書かれざる)として規定しているからと言って共同体の論理の内側だ、と言うのはやっぱりただの言葉遊びだよ。アクチュアルじゃない。
 ホーマーの叙事詩はそのものとしては神話ではない、という水準で、「オメラスから歩み去る人々」もそのものとしての神話ではない。
 「神話は常に儀礼とワンセットで存在する」(笠井潔)のだからして、作品そのものではなく、それに伴うなんらかの行為がなければその神話力は十全には発揮されえない。だが、それはただの一般論だ。
 作品と読者の間の個別的な関係において倫理的な何かを掴むための試行に、その事実はなんの影響ももたらさない。
 時空を飛び越えて反応しておけば、「ラッセルのパラドックス」(の山田正紀的解釈)という言葉を贈ってみたい。オメラスから歩み去る人々は、論理の段階が一段高い。その事により、最早低い存在であるオメラス社会などどうでもよくなっているのである。だから無論彼らは歩み去らなくてもいいのだが、歩み去るためには覚醒し、論理の階梯を上っている必要がある。
 つまるところ超越と革命の二項対立なのですが、ここでこの話が「人々」であるところが効いてきます。
 「人々」とはつまり、誰もが超越に到達しうる事への作家の祈りです。
 全ての人々が超越に至った時、邪悪な幸福生産装置・共同体は自ずと解体される。それを反社会的な独りよがり、みたいに捉えるのはどうなのかな。

4月16日(水)  マスターアップ
 すますた。
 レヴォで初売りです。
 なんだか凄いものでしたよ、マスターアップ。
 一気に脱力する。YOTSUBAちゃんを前にしても、もう『CAROL』を立ち上げてテストプレイしたりeclipseを立ち上げてスクリプト書いたりしなくていい、という事が俄かに信じられない。
 あまりに脱力しっぱなしで、サイト更新する気力さえ沸いてこない。腕立てとかして気合を入れてやっとOHPを更新できました。

4月15日(火)  なにあったっけ?
 忘れた。デバグしてたはず。

4月14日(月)  何故
秋山瑞人が嫌いなだけで三時間語れますか>漏れら。
 図解すると

好きだよ派
   │
   └┬―→ 肛門ないよ派
     │    │
     │    └┬―→ 肛門ではない穴があるよ派
     │     │       │
     │     │       └┬―→ そこから出るものはウンコとは呼ばない派
     │     │        │ (穏健的ファンタジー派?)
     │     │        │
     │     │        └―→ ピンク色の綺麗なまんこがあるよ派
     │     │
     │     └―→ 肛門は関係ないよ派
     │           │
     │           ├―→ ビューティーを紡いだり奏でたりするよ派
     │           │ (ビューティー派)
     │           │
     │           └―→ ファンタジー派(再び弾圧。とうとう終了?)
     │                 │
     │                 └―→ 石川の体内はクッパ城だよ派(城派)
     │
     └―→ 肛門あるよ派
          │
          ├―→ 肛門からは何も出ないよ派
          │
          ├―→ 肛門から出るものはウンコではないよ派
          │          │
          │          └―→ 石川の排泄物は本質的にウンコなどではない派
          │
          └―→ 肛門から出るウンコは石川のウンコではないよ派(過激派)
嫌いだよ派
   │
   └┬―→ オメラスと同じだよ派―→ 木星へ行ってもだめだよ派
     │     │
     │     └―→ 木星へ行けばよい(中立派)
     │            │
     │            └―→ 肛門じゃない第4の穴からウンコするよ派
     │
     ├―→ 人工放射性元素 ウンウンウニウム(Uuu)90%,貴金属10%のをするよ
     │       │ (Uuu派=Fa派)→ 急速展開中
     │       │
     │       └―→ 神がその見えざる手により何処へと運び去るんだよ派
     │ (穏健的しないよ派?)
     │
     └―→ オメラスと違うよ派(田中よしたけ、その他)
グルメ派
   │
   └┬―→ 今、一晩寝かせた熟カレーを食べているんだから、
     │ ウンコの話は控えてくれないか(熟カレー派)
     │
     ├―→ 石川はウンコ食べるよ(スカトロ派)
     │
     └―→ 梨華ちゃんのウンコを食べるよ。とても貴重なものだよ
(急先鋒グルメ派、するよ派にも属する)

 まあ、ネタはさておき(元ネタ)。続きは三日後くらいの日記で。

4月13日(日)  ギャルゲーとか。
 語りがちですが、そんなに本数をこなしているわけでは実はありません。エロゲの方がこなしてるかも。中高時代はお金がなかった(今だってそんなに裕福じゃないけど)ので。一年待てばワゴンにまで落ちてくると分かっているものを定価で買う気力はなかったし、寝かせておく一年がそのゲームへの興味を容赦なく奪ってゆく。ギャルゲーを買う金がないからアニラジを聞いていたのだと、今になると良くわかる。
 俺にとってギャルゲーとは第一に中高時代の俺を包囲していた何かであったわけで、その包囲とはなんだったのかをずっと考え続けている。やっぱりゲームを買う金がないので主に外側から。
 そんな時にそれはエロゲーの亜流だ、とか言われると違和感を覚えるわけですよササキバラゴウの『新現実vol.2』原稿。
 つまるところ、それの感想文。
 ササキバラ原稿の言っているところはエロゲーはポルノグラフィーの完成形だ、という事に他ならないわけです。セクシャリティに連関した形で可傷性が考えられるのならば、そういう結論にしかならないし、それはだからある意味で非常に正しい。
 ただ。攻略可能性が性交可能性を直接には意味しないコンシューマギャルゲーにまで議論を拡張するのは端的に暴論だと思う。
 コンシューマギャルゲー、というかコンシューマギャルゲーマーとは例えばこのような記述からそうか横手のみならず半場も汚れ仕事してるのか、と考えるような生き物だったりするわけで。柚木と千葉が脱いでいた以外に何があるのかはよく知らないっすけど。
 コンシューマギャルゲーが周到にセックスを排除している事について、否定するにしろ肯定するにしろ、なんらかの特殊性は見出されてしかるべきなんですよ、やはり。
 色々考えるべき事が多そうなので続きはまた今度。
 それはそうと、『新現実vol.2』の表紙の女の子は可憐17歳だと思った。

4月12日(土)  国際政治を
単純な善悪の構図に当てはめて理解することは、単に間違っているだけでなく、危険でさえある。
 言うまでもない事だが。
 イラクの国民が苦しんでいた主な理由は西側による経済封鎖だし、フセインが虐殺したのは独立を主張するクルド人勢力中心である。
 新政権がクルド人の独立を認めるとは思えないし、もしそんな事をしようとすればトルコが黙っていない。独立運動を弾圧するのは主権国家の殆ど本能のようなものだ。
 そもそも湾岸戦争の遠因はイラン・イラク戦争でのイラクの国家財政の悪化だし、イラン・イラク戦争はイラン革命の波及を阻止するための、西側諸国と中東君主国の利益のための戦いであった。
 そういう背景を考えた時、悪のフセインを正義の米英がやっつけた、と無邪気に喜ぶのはいかがなものか。
  別にだからと言って米英が悪なのでも軍産複合体が悪なのでもない。彼らにも守るべき生活が、養うべき家族がある。ペットの犬もいる。それだけだ。

4月11日(金)  清原復帰。
 ファンなので。
 サヨナラ弾打つかと思ってたんだけど、そんな事もなかったね。
 まあでもドラマチックな試合でした。
 やっぱり何かあるね、彼には。

4月10日(木)  要は
原爆ボディの幼馴染を調教したいだけの話。調教である必要すら実はなくて、彼女を恥ずかしがらせつつセックスしたいだけなんです。彼女が変身ヒロインなのはそのための方便でしかないわけですよ。或いは物語を打ち切るための伏線でしかない。
 尚、こういう向きにはそんなにシジフォスが好きかと言ってやりたい。
 『エスカレイヤー』がひと夏の、ある夏休みの物語である事って間違いがなくってさあ、そのひと夏の体験を変身ヒロイン・エスカレイヤーのレアリテを支える後景としての日常としか捉えないのは一面的に過ぎると思うのよ。
 夏休みとは常に殆ど楽園とすら呼ばれうる異質な日常なわけです。夏休みについて考えるのならば、その異質な日常が挿入される、根本的な日常としての学園生活がまず考えられねばならない。つまるところ、本作に即して言えば、その不在が。
 『AIR』の話をしようと思うのだけれど、流石にひつこいのでチミの脳内で展開してくだちい。キーワードは「夏休み≒楽園」「楽園の挫折」。
 楽園が挫折したのならば、アージュの修羅場ゲーが流行るのもまたむべなるかななのだけれど、それはひとまず措く。ここここがあれやこれやになって、もっぺんシジフォスとか或いは祈りとか言い出す方向です。言い出したと思いねえ。
 で、挫折した楽園をどう回復するかには二つの方法があって、それはそのものとしての楽園の再生を目指す素直な方法と、地獄に沈みこむ事のうちに楽園の瞬間的な訪れを見出すシジフォス的な方法なわけです。この場合は俺が前者でほくしゅが後者。あげオタとしての漏れは後者だったりする事からも分かるように、この二つの方法は作品においてもユーザーにおいてもそこまで厳密に分けられるものではない。
 『超昂天使エスカレイヤー』が『To Heart』のように気楽には楽園を目指せない理由とは、まさしくそれが楽園の挫折を経たポスト『AIR』ゲーであるからに他ならない。だから、夏休みの終わりとしてではなく物語を打ち切りうる構造を取る=終わらない夏休みを保証しながら同時にシジフォス的な救済に繋がる要素を持つほかない(一応『同級生2』の、女の子によって主人公の将来が左右されるオチが、夏休みの終わらなさの表現である事は指摘しておこうか。結ばれた二人はそれから末永く幸せに暮らしましたとさ。
 尚、『To Heart』が楽園を保証するメカニズムは、延々と展開される容赦のない日常に、アンチテーゼとしての恋愛事件=楽園を突きつけ、そのジンテーゼとしてのラブラブな―楽園を内包した―日常、その本来的な性質により永続する日常をエンディングの先に現出させるというものであった。超先生が批判されなければならないのは、このメカニズムをシナリオに組み込み得なかったからである。
 更に、ポスト『AIR』時代の楽園再生の試みの分裂とは、『マブラヴ』と『君が望む永遠』の対照性のうちに現れた何かである、とも言える)。
 で?
 オチもなく終わる。

4月9日(水)  井上喜久子・声優一般
 つまり前田千亜紀って普通にも好きなんですよ。普通にもってなんだっつーとまあ、普通にも。S-nery枠と別扱いに。
 ぽやぽやしたお姉さんが例えば彼女では何故いけないのか、とは思うわけです。それは別に彼女に声優として生き残って欲しいとか言うのもあるにしろ、そのような事が十分以上に高い蓋然性でありうる世界の方が豊かだと思うから。
 にも関わらず十年一日井上喜久子でいいのかと信者どもに問いたい。
 なんというか・・・結局井上喜久子の声には品がないと言うか、非知性的な声だと言うか・・・。そんなに知的な声がいいんならジャンルOL声において四大卒一般職根谷ではなく高卒事務職平松なのは何故だ、という問題にぶつかってしまうのだけれど。そこで彼女の声よりもキャラとか技術とかの重要性にたどり着き、で、井上喜久子を否定する根拠をまた俺は見失うわけだ。『ネクストキング』はやってない、ていうか桝田省二作品に触れていない身であり、PCエンジンとメガドライブを素通りした俺に果たしてギャルゲーを語る資格があるのか、という気鬱な問いが待っているのですが、そこでセガ信者ではないところのサターンユーザーとして立つ他なくなるわけですが、どうせ芝居の技術でそれなりに聞かせてくるのだろうとは思います。多分気分が悪いのは世間の井上喜久子の声への賞賛と技術への賞賛があまりに未分化な事であって。ていうか信者ウザい。俄か信者はもっと。
 声自体の質を考えた時にあのべちゃっとした響きは時に不快ではないか、と問いたい。
 ふと、こう言う事かなあ、とも思ってみた。姉萌えの人なのであんまりべったり来られるよりは断絶を前提として欲しいし、そういう意味でOL声とか折笠冨美子・豊口めぐみのお嬢さん声とかが好きなのかなあ、とも。

 それはそうと巷間言われるところのアルク三石琴乃シエル久川綾ってメインにぽつんと青二じゃない奴がいる感じも含めて『月姫for SEGA SATURN』協力青二プロダクションて感じだよなあ。
遠野秋葉 ・・・鈴木砂織
翡翠    ・・・豊島真千子
琥珀    ・・・金丸日向子
弓塚さつき・・・中山真奈美
蒼崎青子 ・・・萩森q子
みたいな。

4月8日(火)  サークルオリ
終了。
 今年はどれくらいどんな奴が来るのだろうか。
 一人、凄い奴がいた。
 人生を変えた一冊;『動物化するポストモダン』
 因果は巡る。

4月7日(月)  月曜飲み会
ってのが東大SF研にあるんだけどね、久々のそれ。
 一年生が来ました。
 マシュウやらしおりやらと半ば冗談(と言う事はトータルで本気)で言い交わすところの、「俺らレベル高い」をまたもや繰り広げるの巻。新人君ドッ退き。
 俺らレベル高い、などとSFファンダムの辺境のそのまた果ての俺らに放言させられるくらい、SFに関する言説は細っているのではないか、と思った。
 いや、実力のある批評家はいくらでもいるのだろうし、彼らの仲間内での込み入った議論は我々など遥かに超えてレベルが高いのだろうが、それが提示される場があまりにも少ないと思う。商業だと、SFMの連載評論くらいだし、ファンジンの注目度は下がっている。書評サイトという形式では込み入った議論は嫌われる。
 だから、ネタバレ上等のやさぐれ日記&書評という形式を取っている俺らの文字ベースの言説が、相対的にハイレベルなものに見えてしまう。
 由々しき問題ではある。

 ところで最後の最後で俺と彼とは『アラビアの夜の種族』の評価がずれる。
 彼は物語の死を強調するわけだが、俺はその死がまた一つの物語を構成する事を重視する。そこは別によくある(超えられない壁)なのでどうと言う事もないのだが。

4月6日(日)  今日のオレ。
 この人を超える妄言。
「オレに恋をしてくれる女の子入って来ないかなあ」
 禿胴しやがったこの人もどうかと思うけどね。

 あと、どうかと思うと言えばこの人。俺とマシュウがどれだけ妹話を繰り広げたところで、どれだけ俺とマシュウがアリムラユウによる「四葉も鈴凛も俺の妹だ!」との主張を無視したところで、凄い四葉or鈴凛or四×鈴の絵を一枚描かれてしまえば俺たちの負けなのに。何がどう負けなのかは良く分からないけれど、とにかく何かこう、兄として沽券に関わる事態であるのは間違いあるまい。

4月5日(土)  何故か
編集長が漏れから五学年も遡ってマシュウになった「ほん」と誰かがこれをやらねばならぬ期待の人が俺たちならばの片栗編集長の「歓」の編集作業。「ほん」の書評原稿は編集長の許可が出たのでアーカイヴしておきました。
 東大SF研のサークルオリは154教室です。ここを読んでいる新入生の方は是非お立ち寄りください。「夏葉薫さんはどなたですか」とか聞かれると狂喜乱舞するかも知れません。そんな奴ぁいないと思うけどな。

 『アラビアの夜の種族』について。(→俺のレビュー)ネタバレ注意。
 ほくしゅが「ほん」用に最初に書いたレビューが全然読めてなかったので説教入れたところ、全面的に改稿されてきた。なんかセンパイって感じの事をカマしてしまってとても気分がよろしい。
 その改稿版その1その2
 俺のレビューの延長線上で歴史屋らしいきめの細かさが出た、良いレビューだと思う。
 それこそ当たり前の読みだと思うのだが、何故かこの辺への言及をあまり見かけない。

4月4日(金)  今日は鞠絵の誕生日。
 おめでとう。あと何回こうしてお祝いできるのかな?
 というようなタチの悪いジョークに彼女がどう反応してくれるのかちょっと想像もつかない所以こそがシスプリ世界の優しさです。兄上様にそれを言わせない迫力が鞠絵にはある、と言い換えるのもそれはそれで可。

 予想通りの感想だが、「ファンタジー」って言葉が出る時点でお前はあれを読めてない。まあ予想通りだがね。

4月3日(木)  『D.N.ANGEL』
とか新番がはじまりましたね。『カレイドスター』は見逃したわけだが、EDと予告だけ見たところ呼ばれてない気がしたのでまあいいです。
 まあこのノリでネンキューなら『D.N.ANGEL』を楽しむ俺はいるわけですが、『ガンパレ』もすごい好きな俺が結局ただ石田彰の声聞いてれば幸せなのだと悟ってしまう日。

 井上喜久子の声ってソバカスとニキビの月面肌で乳がデカイはいいが垂れ垂れのロンパリで獣脂の臭いプンプンのパツキンって感じでエロいより先に萎えませんか? プロ野球選手で言うとバルデス(D)って言うような。
 という事を考えた時に『キディ・グレイド』のキャスティングは絶妙だったと思う。

 文学フリマふたたび。
 一応、これの作者として。
 第一回文学フリマは「開いた」という事実だけが欲しかった大塚英志にその望むものを与えたという意味で、そしてさらに『群像』新人賞をずっと昔に書いた例の老作家の再デビューに繋がるというおまけまでついてきた事で成功を収めた、と評価せざるを得ないわけだが、一同人誌即売会としては明らかにどうかと思う代物だった。
 その辺が改善される事を切に望みます。

4月2日(水)  将来の夢
 元気がないときは「土地売って家売って生活保護ー!」と叫びます。或いは「俺が美少女だったらプロスティチュートになるのにー!」。
 年金制度が破綻しないで欲しいので、俺の生活が安定し次第移民の受け入れを開始して欲しいです。
 どっかの適当なギラギラと夢見がちな後進国の若者を搾取して生きるジジイになりたい。
 それが叶わないのならば究極的には進化の一点に収束するような革命、それも叶わないのならば世界を全的な破滅に導く係になりたい。資格試験はどこでやってますか?

 土壇場で折衝回りの仕事が入りました。入れられました。そろそろ折るか。
 折っちまえばそりゃあ爽快なんだろうけどその後に続く裁判とかめんどいので折らない方向なんだろうな、きっと。チキンミー。

4月1日(火)  何事もなく
西武が負けた。
 石井だもの。仕方がないよね。
 と言ってる間に石井二軍落ち。代わりに長田を入れるつもりなんだろうが大丈夫なのかね。




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