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仮住まい
【2004年3月】

3月31日(水)  唐突に声優話

 当たり前の話だが、声優の声とは声優の声であって声優の声ではない。
 アニメキャラの声を出せる人間、ただ声だけで生身の己ならざるものを有らしめる者をこそ、声優と呼ぶのだからして。
 この程度の当たり前な事を見落とすと、堀江由衣にはチンコなんて生えていないと言うような妄言を吐くハメに陥ってしまう。虚心坦懐に堀江由衣の声を聞けばそこにチンコが生えている事などあまりに自明ではないか。
 そのような自明性の水準に立つ事。それが声ヲタになるという事だ。
 続く。

3月30日(火)  漫画感想とか。
ひぐちアサ『おおきく振りかぶって』
 とはいうもののどうも三橋はセットで投げてないか? あと、表紙のワインドアップよくないで。握り丸見えやん。
 ところで五つの球種でいつでもストライクが取れれば甲子園くらいへはほぼ確実にいける。ストレートとあと一つストライクが取れる球があれば130km/hちょぼちょぼでもプロで通用する。極端な例を挙げれば王子様の方の星野。あと、いいナックルが投げられれば球種一つでン百勝。フィル・ニークロみたいに。
 このように球速だけが投手の唯一の正解ではないというのはそれはそうなのだが、コントロールの水準は漫画的に過ぎるよなあ、ととりあえず思った。
 このあと制球乱したりします?
 どこいくかはわからない最高のまっすぐしかないピッチャーを上手くリードする話とかそろそろあってもいいよな。それ『男どアホウ甲子園』。
 凄く面白い漫画です。とってつけてようだけどマジでマジで。
 でも何度も読み返してるうちに初対面の相手に中学時代の辛かった話を延々語り出す三橋はどうだろうかと思ったよ。

DNAメディアコミックス『Fate/stay night』
 セイバーはおなかをすかせていて遠坂はなんだかラブコメ体質で桜はいないも同然。ホモネタ多め。ま、そんなもんか。
 『月姫』の二次創作の方がもうちょっと楽しめたんですが。いや、まあ最初に読んだアンソロにとしぼう「秋葉のドキドキ秘密デート」なぞ載ってればそりゃまあそうか。

3月29日(月)  ロボ
ロボ話の続きロボ。
 細かな異同はあるものの大筋においては反対しないロボ。


 アウラってのはアレロボ、なんだかわからんがいいような気にさせてくれるものの事ロボ。テキストの質ではなく、状況が主にテキストによって伝達される事そのものの中に含まれるロボ。ベンヤミンに言ったら殴られるような用法ロボ。
 つまり人々がADVなりノベルゲーなりに「やるドラでない」というマイナス点をつけていないという事からその存在が推測される何かの事ロボ。
 DALさんは今回それをつけているようでもあるのでここで持ち出すのはかなり微妙だったロボ。反省するロボ。
 それはそうと、テキストの分節は句読点や括弧以外によってはいけないという事はないロボ。デモベのアレは少なくとも試みとしては評価できるロボ。ていうか『鬼哭街』とか同様アンにはそんなに読みにくくなかったロボ。シンプルに一番下にまとめて表示されてるのに微妙にウィンドウ一個分をはみ出している『D その景色の向こう側』の文章の方が読みにくかったロボ。『CAROL』はさらなりロボ。


 ロボは2Dでも動かせるロボ。3Dってのは端的に言って省力化のツールロボ。ロボは2Dでも動かさなくていいロボ。したがって3Dでも動かさなくてもいいロボ。だから3DCGから動画への欲望を読み取るのはちょっと違うような気もするロボ。
 でも、アンはそれを『ウェブダイバー』を観て学んだロボ。したがってアンの偏ったアニメ教養だけから導出された見解ではないかと問われれば否定は出来ないロボ。


 うーん・・・・・・その言い方は便利に過ぎるロボ。
 何故エロゲ製作者はクトゥルーを使いたがりますかあたりと絡めてもうちょっと有機的な必然性は引き出せそうな気がするロボ。
 続きはまた今度ロボ。なんだかさんざ引っ張っておいてそれはどうかと我ながら思うロボ。どうもすみませんロボ。

3月28日(日)  フロイト的な、あまりにフロイト的な
 出発の日付を間違えて福知山行きがフイに。ボキもベイスボオルに興じる女子高生のふくよかな肢体を思う存分に視姦したかった所存だけれども奨学金やらなんやらの書類の締め切りがヤバかったので天の配剤だと思うことにしたます。
 ていうかそっちの締め切り関係で頭がいっぱいだったがためにフロイト的な錯誤を起したのかも知れません。

3月27日(土)  追いコン
 折角だから普段と違う話をしようってんでブラッドベリの悪口を振ってみるものの誰も乗ってやきやしねえ。
 みんなはなっから読まなくていいって知ってるんだろうなあ。漏れ漏れもー。

3月26日(金)  なんかバタバタしてまして。
 更新する時間的余裕は良く考えるとあるのですけど、なんか精神的余裕がかなり微妙な事に。

 卒業式でした。これでオイラも学士様。

3月25日(木)  えーと・・・・。
確かに微妙に庇いようがないと言うか後半明らかにサンドマン様の描写にリキが入り過ぎていた事を認めるにまるで吝かではないしそのせいでエイジの姉探し斗牙の人間的成長ルナエィナリィルフェイの恋の鞘当その他もろもろが全部吹っ飛んでしまってどうにもこうにもお前それでいいと思ってんのかとは思うのだけれどつまりEDでアヤカに怒られるエイジとかデートしてるリィルと斗牙の後ろで三者三様に悔しがるルナエィナフェイとかその程度の絵を見せてもらえればそれで満足ではあったような気もするがしかしてやはりもう1クール欲を言えばもう2クール欲しかったのは多分全世界のグラヴィオンファンの諸君も同意してくれる事と思うがしかしオーディアンの最終回並のテンションを期待した俺がバカだったのも確かにその通りであってうーんまあ画竜点睛を欠いたなあとは思うけれどなんだかんだで楽しかったですグラヴィオンツヴァイありがとう大張監督とそれ以上に彼にお金を出してくれた物好きな人。
 大張アニメは暑苦しい男性ボーカルのOPばかりが注目されがちですが毎度毎度エンディング曲が爽やかでそこがよいと思っています。りーめーく。

3月24日(水)  愛するものが死んだのならば

 自殺しなくちゃあなりません 愛するものは死んだのですから

 『イリヤ』と『猫』の違いを端的に言えば、イリヤが死んでも浅羽が死ななくていい点です。『猫』だと夢を諦めるともうそいつはそいつじゃなくなってしまう≒死んでしまうんですけど。
 浅羽がイリヤを選ばないのは比較的ありえない話ですが、それでも浅羽はイリヤと別れたあと、晶穂とちちくりあってイリヤの事をただの心の傷に変えてしまう事が結構簡単に出来る。
 死ななかった以上、死ぬほどの事じゃなかったのは明らかなのでありまして。
 死ぬほどの事じゃなかった事をさんざん強調するエピローグは相変わらずあざといなあと思いました。

3月23日(火)  オープン戦。
 読売屋さんがタダ券をくれたので巨人―西武のオープン戦を見てきましたよ。
 外野自由席、左翼側でした。
 清水が目の前で清水守備をしてくれました。
 そんなこんなで西武が勝ちました。

3月22日(月)  人妻に腹をまさぐられる日。
 人妻に腹をまさぐられた。
 いえ、転ちんのおつきでDOXAのりさんと飲んできただけですが。
 そこでかなりヘヴィな宿題など。えう・・・。

3月21日(日)  わーい。
これを幸せと呼ばずに何と呼ぶのか
 あの感想文は今木さんの事を考えながら書いたような気がしていたので、なんだか凄く嬉しいっす。

お返事
 イギリスの現在の教育制度は創造性重視みたいな方向なので、生徒間の話し合いで色々決めさせてると思います。
 でも、何分四葉がいたのはイギリスという事になっているどことも知れないちょっとビクトリア朝っぽい国ですからなんとも言えません。なので、マイシスターが凛々しくなる方向に脳内でアレが。
 四葉のイギリス時代を先生も気を使ってくれていた、そこまで不幸でもなかったものであるとする描写だとも読めると思います。
 第三者から見た妹の手がかりであって答えではないわけですからして、そのような解釈の定まらなさも公野先生の巧さかと。

3月20日(土)  普通の日記。

 徹夜明けでぴっちだけ見て寝。
 それから謎会議。
 なんかやっぱり28日以降福知山へ行くらしいですよ。
 そっち方面で俺に会いたい人はご一報を。

 あと、SF研の「ほん」の原稿書きました。

3月19日(金)  この夢からさめない
ほんとかな。ほんとだと思う、うん、ホント。
 空音はお兄ちゃんの、陸は小沢君の、勇魚は森君の夢そのものです。
 その夢というニュアンスが三者三様にずれていて、つまり「夢は夢でもかなう夢もある」って事なんですけどね。
 空音はまさしく眠っている時に見る夢。陸は起きている時に見る夢。勇魚は寝ても醒めてもついてまわる悪夢。
 森君が勇魚という悪夢を殺してしまったってのはその後の桑島法子を考えると出来すぎたお話だと思う。

 凄い偏った解釈なのでツッコミ待ちます。


 そういや卒業とかできたみたいですよ。
 ので、卒業記念飲み会。
 しとねんとこで一年生と謎の夜通し声優の顔トーク。

3月18日(木)  うしろあたまのしあわせ
臨場感演出のアプローチ、と判断するにはプレイヤーのオタ教養に依存しすぎロボ。
 それはむしろDALさんの方と思われロボ。
 メッセージウィンドウの移動を「漫画の吹き出し的」と評するのはまさしく漫画的教養に依拠しすぎロボ。もっとすっきりと、メッセージと表示されている人物グラフィックの特に強い結びつきを示すものとだけ思っておけばいいロボ。
 同じCGであるにも関わらず人物とCGが分離されていいなら同じテキストであるにも関わらず台詞と地の文も分離されていいはずロボ。
 でも、その実分離された台詞が結局は声の代用品及び補完物でしかないという問題はあるロボ。目の前にいる人物と密接に関係するメッセージって結局はその人の話した事ロボ。口パク+声のみで表現されるのが一番リアルロボ。
 一方でそれだと不便だというのも理屈ロボ。読み返せないし、ヘッドホンがないからエロシーンになると音量下げるしかないアンのような人も世の中には多いロボ。さらにそれを言えば地の文はセルアニメーションの代用でしかない事になるロボ。やるドラしたかったけど技術・予算的に無理ぽ、とだけ見做す事も可能ロボ。一部しか声入ってなかったりムービーの使い方がかなり半端だったり、「予定していたところまでできませんでした」なのはかなり見え見えロボ。
 演出上やりたかった事について語るのに一番いいのはPS2版を待つ事だけど妥協したラインが今ある『デモンベイン』の形をかなり明確に特徴付けているのは事実ロボ。やるドラ化は出来ないししないと思うロボ。
 そうなった時、地の文とはどんな意味を有しうるロボ? そこにアウラとでもとりあえずは呼んでおけそうなものを見出さないのならばノベルゲームをノベルゲームとして作る/売る/やる/語る動機が成立しないロボ。
 ノベルゲームをAVGの記号化の極端に推し進められたものと見做せば、『マブラヴ』はただの反動ロボ。でも事はそう単純ではないロボ。記号性と写実性の間を揺らぎ続けるのがまんが的リアリズム表現ロボ。大塚英志がその辺なんか言ってた気がするロボ。『教養としてのまんが・アニメ』だったかしらロボ。
 純夏の後ろ頭を動画が使えない苦肉の策とかいう奴は『Sexyビーチ』にでも移行するがよいロボ。ノベルゲームの形式の内部でいかに臨場感を出すかのチキンレースにこそスリルが宿るロボ。それがどうでもいいならノベルゲームはやらなくていいロボ。これは何時の間にやら堺三保と東浩紀の悪口ロボ。
 では今ある半端なムービーはどうなるロボ? 個人的にはあれはマジでいらないロボが、とりあえずより大きな統一感へと止揚される事を前提とした違和感の挿入と、ノベルゲー一般にとってのムービーの意義は説明できるロボ。じゃあそれが全体としてノベルゲームである事はどのように保証されうるロボ? そして無論、ムービーが平凡な演出に収まれる根拠も問題ロボ。
 DALさんが問題にしているのはどっちロボ? 前者ならばムービー全否定に帰結するロボ。それは流石にラディカルに過ぎるロボ。ムービーが『デモンベイン』に限らずあってしまうという事実から逃げる悪しき原理主義ロボ。
 だからとりあえず後者について考えるロボ。『デモンベイン』のそれが平凡な演出に収まれないのは単純に量的な問題ロボ。少なすぎるロボ。だから規則的に配置できないロボ。規則性の欠如が統一的な形式への予感を損なうロボ。逆に言えば規則的に挿入されていればムービーがあってもノベルゲーであると保証されるロボ。「マブラヴアンリミテッド」がいい例ロボ。さっきから例が『マブラヴ』ばっかロボ。age信者だから仕方ないロボ。
 現状のデモベのムービーに関して言えば半端に入れるくらいならなくていいのは事実ロボ。虚数展開カタパルトなんてなんであるのか分らないロボ。
 未完成な状態で売られているからと言って当初の構想自体を否定するのは俺はクリエイターが分ってるぜ厨の発想ロボ。

それはそうと
 デモンベイン私註への気まぐれなアレの続きロボ。
第一話
激しく鬱
 2ちゃんねる風の言い回し。

アメコミよろしく『正義の味方』がいる
 東部の大都会で活躍するアメコミヒーローと言えば、ゴッサムシティのバットマンだが、バットマンの正体であるブルース・ウェインはむしろ覇道瑠璃的な正義の大富豪である。

人が本を選ぶのではなくて、魔導書の方が自らの主人を選ぶんだよ
 魔導書がロボットをオペレーションする美少女である事からも、永野護『ファイブスター物語』のファティマシステムを思わせる。

猫科の肉食獣
 食肉目猫科の動物は、全哺乳類中で最も肉食に適応したグループであり、ほぼ全ての種が肉食獣である。
 君は何に喩えたい? などと言って友達同士での萌え・萎えマッピングに精を出すのも面白い。俺オセロット。
 尚、アーカムシティが存在するニューイングランドにはボブキャット、ピューマ、オオヤマネコなどが生息している。保育社『標準原色図鑑全集20動物U』より。

対峙する白と黒
 正義と悪の色は逆だが、仮面ライダーBLACKとシャドームーンを思わせる。

夜より昏い拳
 神坂一『スレイヤーズ!』(富士見ファンタジア文庫)の重破斬の詠唱からか?
《闇よりもなお昏きもの
夜よりもなお深きもの
混沌の海にたゆたいし
金色なりし闇の王
我ここに 汝に願う
我ここに 汝に誓う
我が前に立ち塞がりし
すべての愚かなるものに
我と汝が力もて
等しく滅びを与えんことを!》

地下
 片山一良監督『theビッグオー』にはパラダイムシティーの地下鉄路線を用いて巨大ロボットを運用する描写がある。

『神』の模造品
 古橋秀之『ブラックロッド』を思わせる。
 《》

我等がやらねば誰がやる
 『新造人間キャシャーン』のオープニングナレーションか。
《たった一つの命を捨てて生まれ変わった不死身の体。鉄の悪魔をたたいて砕く。キャシャーンがやらねば誰がやる。》

I`m innocent rage
 『theビッグオー』のビッグオー起動時のメッセージを踏まえるか。
《Cast In The Name Of God Ye Not Guilty》

ユークリッド幾何学
 非ユークリッド幾何学の成立は1829年。参考。

キツネザル(レムール)のぅ……いまいち頼りない名前ではある
 キツネザルは霊長目原猿亜目に属する動物の事。
 最大の種類のインドリでも高々体長70cm。虫食・植物食を中心とした雑食動物ばかりで、確かにあまり精強なイメージではない。チンパンジーにガツガツ齧られたりするし。
 尚、霊長類で強いのはなんと言ってもヒヒ類。ヒヒの群れにあってはライオンでさえも背中を向ける、んだったと思う。ソース忘れた。巨大な類人猿はヒョウやウンピョウにあっさり狩られるくらいで、見た目ほどには凄くない。
 霊長類ヒト科最強を謳った格闘家・マーク・ケアーがブランクから復帰して高田道場の山本に無残にも敗れ去ったのは記憶に新しいがデモンベインとはマブで関係ない。

第二話
昇降機
 街の随所にある巨大ロボット射出口というアイデアは『新世紀エヴァンゲリオン』を思わせる。

聞いちゃいねえ風味
 ゲーム『秋桜の空に』(MARRON)を思わせる用法。

『アーカムシティ父母の会』の回収ボックス
 有害図書の回収ボックス。児童の健全な発達のために、有害な書物を回収するものだが、今でもあるのかしら。

地を這う蟲けらに気を付けながら歩ける
 インドのジナ教徒は、一切の殺生が戒律で禁止されているため、小さな虫を踏み潰さないように道を箒で掃きながら歩く。

第三話
カートゥーンみたくぺらぺらに
 ワーナーアニメ『ルーニートゥーン』(日本名『バックスバニーのぶっちぎりステージ』)を思わせる。

そう、頭もだ
 巨大ロボットではないが、「頭のドリル」を強調した作品に、原田将太郎原作・井出安軌監督『D4プリンセス』が挙げられる。
 エンディングテーマでは「頭のドリルがちょっぴりダサいと思っても」と唄われる。

第四話
サリエリが凡人だったかどうかはともかく、モーツァルトは確かに天才だったろうし
 サリエリはモーツァルトと同時代の宮廷音楽家であるが、この二人の因縁を殊更に強調するのは映画『アマデウス』を下敷きにするか。

 ・・・なんか最早註釈じゃないロボ。

3月17日(水)  写経。

 そんなわけでデモベでクトゥルーのフラグが立ったので創元のラブクラフト全集読んでるですが。
 ・・・エロゲー?
「悍ましい運命がせまっている主人公を無力で非活動的」な人物にすることほど、「現実の悪夢に似た恐怖小説を書く」うえで効果的なものはない
 三巻の解説から。
 恐怖譚も恋愛譚も主人公ががっつりと運命に掴まれてしまうという点ではおんなじなのね。
 まあ別にそれだけなんだけれど、面白かったので。

3月16日(火)  地蔵尊・・・・・。
 おのでらかれんですという清水愛の声を思い起こす。
 身悶える。
 小野寺カレンと表記する。
 ”レン”を削る。
 小野寺カ。
 小野寺力
 と血迷った事を言うのは無論カブ様が山村にスナイプされて開幕絶望だからです。中込に首折られて死(ry
 目の前が真っ暗になるってこの事やね。

 小野寺力おのでらりきってキックの選手がいるのね。へぇ。

3月15日(月)  早く本筋に戻ってもらいたいだけっす。
ひとりごちる3月13日
きっと、野嵜さんはホブズボームもベネディクト・アンダーソンもアーネスト・ゲルナーも踏まえずに「〜人」論をぶっているのだろう。そうでなければ、あんなに頭の悪い議論になるはずがない。
 というのは2月19日の記述です。これは野嵜さんからの北守への反応に対する反応ですね。
 ここではじめて北守は口汚く野嵜さんを罵るようになるわけで、これ以降のやりとりのどちらの態度にも俺は感心しません。「いつも通りに相手の手法をそのまま返してゐるだけ」だとしても。

 俺が言いたいのは、北守の言っている事は最初から議論の本筋に関係がないのだから無視すればいいのに、という程度の事です。
 ただの批難だ、という江州さんのご指摘には完全に同意するものです。

論理的に讀めば判斷可能な單語や用語に對していちいち「留保をつけろ」といふのは、行き過ぎた要求です。根據を示して「それは誤讀」の一言で濟みますから。
「そうしない読者は誤解してもかまわないと野嵜さんは言っているようなものです。」といふ指摘は、野嵜氏が一般に理解し難い文章を書いてゐるのならば説得力もあります。が、野嵜氏の文章は高校の現代文程度の難易度でしかないのですから、誤讀の言ひ譯のやうにしか見えません。

 野嵜さんの文章は十分理解しにくいかと思います。高校までの現代文では習わない漢字が用いられているだけで難易度が上がるという問題を置いておいても、少なくとも江洲さんの文章ほどには良く整理されてはいないのではないかと。
 野嵜さんは「西歐」をキリスト教社会であるとしています。「西歐由来の概念」であるとかについて、野嵜さんはキリスト教社会由来のものとしてのみ取り扱います。それ自体はなるほど一貫しています。そもそもドストエフスキーやアメリカが含まれる時点で「西歐」は辞書義的なブリテン、ガリア、ネーデルラントあたりの地域を指す言葉ではないのは明らかでもあります。
 しかし、キリスト教社会の言い換えとして「西歐」というような全く違う辞書義を持った言葉を採用する事は、はたして分かりやすい文章の書き方でしょうか。
 なるほど純然たる辞書義的記述は不可能です。どんなに自明に見える文章であってもその前後には無数の前提・文脈があり、その文脈義を抑える事ではじめて読解が可能になるというのもその通りでしょう。
 だからと言って、一般に通用している辞書義を完全に無視した文章を書いていいという事にはならない。少なくとも、そのような書き方をしておいて誤読した読者を一方的に責めるのは不親切です。さらに言えば、今俺の手元にある高校現代文の教科書に載っている論説文には、そのような書き方をしているものはありません。(東京書籍『国語総合 現代文編』)
 野嵜さんの批判されるべき点はこの不親切さだと俺は思いますし、それを明らかにした事だけは北守の議論の有意義な点ではなかったかと考えますが如何でしょう。
 言ってしまえば、北守が本当に誤読していたのか戦略的に誤読して見せたのかはその意義の前にはどうでもいいのです。恐らく「哲学とか文学として考えるのならば、別に証明は必要ないけど。」あたりを「そのまま返」させて歴史学的な議論ではないという言及を引き出そうとしたのではないかと思いますが、野嵜さんの返し方にはそこまでの精度がなかったと言う事でしょう。別に野嵜さんにそこまで正確に返す義理もないですし、そのような言質を取れなかった時点で北守の失敗は明らかなので、間違っていたと後知恵で言う事は可能だと思います。
 俺が言いたいのは野嵜さんも北守もそろそろ手を引いてもいいのではないかという事だけです。それは多分江洲さんのそれとあまり大きく違いはしない主張ではないかと思うのですが如何でしょう。

北守氏が相手の文章を良く讀まずに反論してゐるのならば、それ以上に批難されてしかるべきだと私は考へますが、如何。
 相手の文章を良く読んでいないのはお互い様ではないでしょうか。
平成十六年二月十四日
http://d.hatena.ne.jp/hokusyu/20040213#p2
「ヨーロッパ基層文化を形成しているものが「ヘブライズム・ヘレニズム」文化だけだと考えるのは大間違いで、最近の研究ではそれに加えて「ケルト・ゲルマン」文化も折り重なっていることが指摘されています。」
それは結構な事だけれども、だからと言つてヘレニズムはもとより「ヘブライズムは無視すべきである」と云ふ結論にはならないと思ふ。
高橋氏にしても、なぜ故意にキリスト教を無視して「西歐とは何か」を規定しようとするのだらう。
 「それに加えて」の「それ」とは「「ヘブライズム・ヘレニズム」文化」である事は明らかです。ここで、引用文内の引用文の主張はヨーロッパ基層文化は「ヘブライズム・ヘレニズム」文化と「ケルト・ゲルマン」文化の両方であるとまとめる事が出来ますが、それに対して野嵜さんは「だからと言つてヘレニズムはもとより「ヘブライズムは無視すべきである」と云ふ結論にはならないと思ふ」と反論しています。ヨーロッパの基層文化にはヘブライズムもあると述べている文章に対する反論にはなっていないでしょう。
 正しく読んでいないのは野嵜さんも同じではないでしょうか。少なくとも、この一節に限っては。
 一般に「相手の文章を良く讀まずに反論」する事は批難されてしかるべきだと思いますし、それについては両者ともに無実ではいられないのではないかと。

 上の議論とはあまり関係なく、野嵜さんの児ポ法に関する見解には興味があります。俺の動機は早くその辺の議論に戻ってもらいたいというだけです。
 知りたいのは何故ポルノは不「道徳」なのかというあたり。
 北守が野嵜さんを批判するために歴史学と言い出しただけかどうかとかは知らないですし、知りたいとも思いません。
 北守と野嵜さんの間の問題についてはもう言いたい事もないですし、できればこれで終わりにしたいのですがダメでしょうか。
 ダメならなんかまあそれなりに。

3月14日(日)  追いコン
だった。
 その後、徹夜で何かの会議。やっぱり人数足りないからイリヤと桜ブッこんどくかとかそういう事はしないほうが良いと思った。

3月13日(土)  四葉×セイバー
キャラクターコレクションにおける妹の設定
 とりあえずご紹介というところで。
 それはそうと白雪の深みが俺には手に取るように伝わってきてどうしてみんな彼女を愛しく思わないのかと疑問に思うのですがそれは俺だけというか俺が既ににいさまだからですかそうですか。
 言及してくださった白雪の内と外とは殆ど関係のない話。ですが、間違った事を書いたとは思わないのだけれどかなり乱暴なので一応フォローをば。
 兄以外の前での妹の姿について、キャラコレ内には直接的な描写は殆どありませんが、その手がかりになるような記述はそこそこあります。
 例えば四葉がランスロット役に選ばれていたという事実(P69)。リアルコーカソイド童女たんの群れに混じってイケメン騎士を演じるマイシスターの晴れ姿! ええまあすぐ降ろされるんですけど。
 この記述から、恐らく四葉はエキゾチックな、どちらかといえば男の子っぽい顔立ちの美少女で、同級生達からある種の憧れの目で見られているかまたはハブにされていて誰もやりたがらなかった主役級を押し付けられたかだろうと分るわけです。欧米人は押し出しが強いと言いますから恐らく前者。そうかウチの四葉はそんなに凛々しいかっYes!(何が
 余計な電波が混じりましたが、こういう第三者から見た外面的な、兄と無関係な特徴を推測させる記述がところどころに鏤めてあったりするあたりも公野先生の上手さ、キャラコレの素敵さであります。副次的な小技として覚えておいて損はないのではないでしょうか。余談ながら特にこの四葉のランスロットは四葉にとって降ろされてしまった役というもののどうでもよさと、彼女をキャスティングした人が彼女に対して抱いていただろう気持ちの対比を鮮やかに切り出してみせる、キャラコレ12冊中でも白眉の記述かと思います。

 ところで、俺は小学生だった事も中学生だった事も高校生だった事も男子小学生だった事も男子中学生であった事も男子高校生であった事もある、ちょっとした学生経験豊富な男ですが、女子中学生・高校生だった事は残念ながらたまたまなかったりするので実感として掴めないのですが、小森さんが鈴凛に吶喊したのはそこに勝算があったからって事でいいのでしょうか。小森さん話は鈴凛の第三者からの見え方についてなんらかの示唆を与えてくれるとは思うのですが、その女学生の風習が分らないと作品の意図を正確に読解するのが難しい。
 鈴凛は隠し事の多い子です。P21〜P22の記述はどこまで字面どおりに受け取って良いのか判断に迷う部分があります。
 肉親愛と異性愛は背反する概念ではありません。が、にも関わらず鈴凛はそれを対比的に考えていると記す。論理能力に欠陥があるという説明もそれはそれですが、ここでは、意識してか無意識にか、あるすり替えが行われていると考えられてしかるべきです。
 それはつまり、兄に対する、そして兄からもむけられている事を期待する異性愛的な感情を「兄弟愛」と呼んでいる可能性です。P83〜P84あたりには、鈴凛が抱え込んでいる恋愛的な葛藤がありありと描出されていると言ってよいでしょう。単純に肉親愛よりとは言えないかと。
 春歌にしても、新妹全員に共通する事ですが、兄妹の概念が一般的なそれとは違っています。あにいもうとと言うよりはせのきみわぎもごの関係を彼女はどうも兄妹と呼んでいます。
 それならばあるとも確定されていない戸籍上の関係とかさらには血縁とかを想定したりせずに彼女を幸せな許嫁にしておいてあげればいいのに、とはそのような描かれざる想定を持ち込む読解に対して時に思いますがそれは余談。
 春歌の肉親愛と異性愛の関係は、旧妹がマッピングされたその二軸からなる平面状には置けないと思います。

カレイドスター 新たなる翼
 私の夢になってよBOXだけは少し欲しいんだよな、2クール予定の3クール目好きとしては。

3月12日(金)  やたまの話とか。

 Hw→Gの小久保裕紀内野手をマスコミはこぞって人格者と持ち上げているが、そいつ脱税してんぞ。
 巨人報道というのはなんだかんだで面白くて、例えば第二期長嶋政権時には、ほぼ全てのスポーツマスコミが、他社がタブーとしている長嶋批判を展開していた。それが分るくらいに毎日違うスポーツ新聞を拾っていた俺も俺だ。
 イメージだけでものを言うと間抜けな事になるという、これがいい実例なわけだが、問題になるのは多分、他所のマスコミも長嶋批判をしていると当の記者たちが恐らく知っていた事で。

ロボっ!?
 古橋秀之は非常にストイックで抑制の利いた筆致の持ち主ロボ。というか、データベース的とか言い出したのはDALさんロボ。古橋くらい抑制して練りこんでもそう言われてしまうのだから、データベース的とか言っても詮無き事ロボ。DALさんご指摘の通りそんなの思考放棄ロボ。「分らない」の言い換えロボ。
 ニトロがやろうとしているのはアージュ的な臨場感演出のある特殊なアプローチロボ。ゲーム画面と主人公の視界の関係性、たかが800×600の範囲を視界のどの範囲と考えるのかの問題ロボ。アージュは視界全体、ニトロは正面だけロボ。プレイヤーの視界との整合性を考えればそれはそれで合理的ロボ。同時に表示しなきゃいけない立ち絵の数とか遠景近景の別とか考えなくていいから省力化にも繋がるロボ。問題は、その視界正面のキャラの表情が乏しい事ロボ。省力化しすぎロボ。同じ体の表情差分をもっと増やした方がいいロボ。立ち絵の数自体は少ないゲームよりは多いロボ。体をいっぱい用意してるのは好感が持てるロボ。
 あと古本娘って言い回しはあまりにも可愛いロボ。どうでもよくないロボ。


 スーパーリンクの作画がエロかったとメモしておこう。
 ところでアレクサっていつからいたの?

3月11日(木)  とりあえず。
とりあえず更新。

3月10日(水)  あまりこういう形で深入りはしたくなかったのだけれど。
ひとりごちる3月6日
 たとえば文章中の誤字脱字を指摘する事は議論の本筋とは関係がないでしょうが、必ずしも無意味であるとは言えませんし、また悪い事でもありません。北守の指摘はそもそもその程度のものでしょう。
 野嵜さんも江洲さんもその程度のものに目くじらを立てる事はないのではないか、と思うわけです。「ヨーグルトは健康にいい」と書こうとして「ヨーグルトは建康にいい」と書いてしまっていたとして、その事を指摘されたのならば、「建」の字を訂正すれば良いだけです。「建康」こそが正しい表記だと頑張る必要はありません。少なくともそこで頑張る事でヨーグルトの効能についての理解が広まる事はまずないでしょう。
 北守の指摘は非本質的ですが、野嵜さんの対応も脊髄反射的に過ぎます。
 江州さんもご指摘の通り留保は否定ではない。ですから、言葉はやや汚いものの否定したのではなく留保しただけの北守に、野嵜さんが否定者を相手取るような喧嘩腰で臨む必要もないのです。ただ、その留保条件を鷹揚に受け入れて話を先に進めればいい。
 野嵜さんは江州さんがそうされたように北守の指摘を一言で切って捨てれば良かったのです。
 そうしなかった野嵜さんもまた、議論を蔑ろにしているという謗りは免れ得ないでしょう。

 確かに江州さんのおっしゃるとおり、文化の話をしていると言う事はすなわち歴史学的な議論はしていないと言う事です。しかしこれは妥当ではありますが自明な事ではありません。少なくともいくつかの推論を経ねば得られない結論です。
 世の中そのような推論をきちんと働かせられる江洲さんのような方ばかりではありません。
 だから、歴史学的な議論をしてはいないという留保を明示的につけろと要求する事はそんなに無益でも不当でもないでしょう。
 留保条件をつけない事、歴史に関する誤解を広めるかもしれない事に留意しない事は、歴史学に対する敬意の欠けた態度であり、それは歴史学の立場からは批判されてもやむをえないものでしょう。
 あとは感情的な行き違いと売り言葉に買い言葉で無駄に両者がヒートアップしてしまっただけかと思います。
 「西歐」の範囲について言えば、野嵜さんがこの言葉を辞書義とは全く違う意味で用いているのは確かにそうだと思います。しかし、その野嵜さんの文脈義にきちんと沿った形でのみ、野嵜さんの言葉が受け取られるとは限らない。野嵜さんは「西歐」という言葉に一切の留保条件を明示的にはつけていないのですから、それが特殊な使われ方をしていると気付くためには闇黒日記をきちんと読み込む必要があります。そうしない読者は誤解してもかまわないと野嵜さんは言っているようなものです。そういう誤解を放置する態度を批判し、留保しろと提言するのが北守の目的なのですから、敢えて辞書義的に読んでみせる事は間違っているとは言えません。

3月9日(火)  東京よ、私は帰ってきた!
旅日記
 起きたらやまうちさんが幸せそうに『ソリッドファイター』を読んでいた。うんうん。

 解散後、家に帰ってから、新宿でイノセンス。
 少し遅れていったところ、ときのふう、ドキュソ便所菌除菌しかいなかった。
 ドキュソは部室によって1,2年生をつれてくると息巻いていたのだが、結局このいつものメンツ。
 押井なんぞに興味を示さない1,2年生は現代の若いアニメオタクとして極めて健全で頼もしいと思った。

イノセンス
 上で書いた事とは矛盾するようだけど、極めてオタク臭い、共感できるいいお話。地味に立ち上がって派手なアクションで〆る、そういうカタルシスで喜んでおけばとりあえずは良いのだと思います。
 押井守がオタク臭いって言うのは創作の動機が映画だったり犬だったり人形だったり、そして恐らくはアニメだったりが好きだからでしかない点です。
 そういう意味で彼は元長柾木なんかと同じ愛の作家で、愛の作家押井・元長を愛する東浩紀が舞城の悪意を評価してしまうのはなんだか良くわかりません。
 押井守・その愛は本編にもパンフレットにも溢れていて、どうにも気持ちがいいのだけれど、一節だけ、特に胸を打たれた言葉を写経しておきたい。
あの男(引用者註:不明。宮崎駿か?)と違って、僕は声優さんというものをものすごく高く評価している。アニメーションに魂を吹き込むには特殊な技術が必要だし、まず何よりも、ある芸を持ってなきゃダメで、技術力のハードルはものすごく高いんだよね。アニメーションのアフレコっていうのは即攻の勝負で、声が出た瞬間にそのキャラクターが見えてこなきゃいけないから、いかに有名な映画俳優だろうと舞台俳優だろうと、咄嗟にはできるわけがない。そんなことできるの、日本の声優さんだけだよ。

 具体的な事を一つだけ言っておくと、田中敦子がSACよりも本物ぽくって良かったです。

3月8日(月)  研究室でしか見た事ねえ。
旅日記
 海ノ口へ。
 初期のノートが影印本だった。
 駅周辺で遊び倒したあと、ヤマザキデイリーストアこと縁川商店で縄文おやき&小石のうどん&琥珀林檎。
 それから軽井沢。
 人もいなければ店も閉まっていた。
 その後、東京へ。荻窪でソガさん・転と別れて、残り四人でDALさんの家へ。
 ゲーム棚&本棚チェック。やっぱちゃんとギャルゲーやってるなあ、と己の不勉強を恥じる。

おねがいティーチャー
 縁川小石って女の子の事を考えた。
 自分の魅力―容姿を正しく把握しているって事はつまり可愛いって事なんですが、その可愛さに応じた世俗的な幸せを要求してしまう事がつまり、不幸の原因を成してしまう感じがどうも、ね。
 男の趣味が悪いのはその原因なのか結果なのか。なんとも愛しい。

3月7日(日)  僕らのエロゲ未満都市
旅日記
 日曜朝のあれやこれや。デカレンジャーを逃したのが痛い。
 松本市内観光。
 姉様とか花梨とか、そんな店が。
 エロゲー都市か、ここは。
 そのまま歩いて旧制松本高校。まんまやった。中庭でさんざ呆けたり。
 あまりに観光地っぽい建物が続くので木刀欲が高まるも何故か見つからず、途中の古本屋でトラップされたりとかしつつも松本を出る。
 午後三時ごろ木崎湖着。星湖亭とかその前の公園とかキャンプ場の桟橋とか。
 ゆ〜ぷる行って、宿で夕食。それから上映会。

おねがいツインズ7〜12話
 何はともあれ樺恋なのである。
 この子は妹なんだ、と知った上で見ると樺恋のパンツを隠す麻郁の姿がどうにもお兄ちゃんらしい。
 深衣奈のあまり悲愴にならないところは美質だと思うが、それが小石の持っていた言い知れぬエロさの欠如に繋がっているのも否めまい。
 井上喜久子の無意識に男を誘っている感じ、無自覚に貞操観念の緩い感じは流石だと思う。
 どっかでみずほ先生が言ってますが、選択は既に済んでいるというお話。なので麻郁は特に何もしないのだけれど、何時の間にか深衣奈とくっついているのです。

3月6日(土)  今日私は旅に出ます。
春まだ浅い信濃路へ。マジでマジで。

旅日記
 川崎でDALさんと合流。DALさんの車で登戸へ。
 マシュウソガさんやまうちさんと合流。
 国立で霧島医院を見物して、昼食。
 その後諏訪SA。雪が積もっていた。
 午後三時ごろ松本着。第二新東京市だぁ、と喜ぶ。珍建築と古都っぽいたたずまいの混じったヘンな町並み。開智学校とかを観光したあと信州大学で人工進化研究室を探す。
 裏の駐車場が美須々(みすず)駐車場だっただけで狂喜する鍵っ子約六名。
 その後、浅間温泉の宿へ移動。移動の途上でレストラン翡翠。宿の隣が雛乃湯。姉さん!
 夕食はマシュウのリクエストで馬刺し。馬ってなんかあんまりショッキングな味でもないのね。拍子抜けやわ。
 宿に戻ってみんなで風呂。色々大事なお話を。
 その後上映会。

おねがいツインズ1〜6話
 樺恋が可愛くて仕方がない。欲しい。
 清水愛の高速で食い込んでくる妹声は、なんかこう、近い将来タイトルを争いそうな格を感じさせます。
 日本が世界に誇る若き”置きに行くストレート”中原麻衣と並ぶとそのスケール感の違いに眩暈がする。するのだが、どっちがメインあって聞かれると中原にそれは決まってるんだよな。なんでしょう、この、正ヒロイン感て奴は。
 麻郁の甲斐性もさることながら深衣奈と樺恋がやたらとべたべたしてるのがいい。樺恋がダメですって言うの可愛いよね。

3月5日(金)  旅に出ます
探さないでください。

 セイバーは観鈴ちんの後ろ髪をくるくる結い上げただけというビジュアルがもうまんまです。
 観鈴ちんは空の彼方にいるのだけれど、セイバーは時の彼方にいるのでして、つまりそこにあるのは観鈴ちんは既に救われていたという逆説です。空間的隔絶を時間的隔絶に置きかえる、というのはスマートなやり口だと思った。

3月4日(木)  デモベ三昧その2

方からツッコミが。
・「任ぁ―――――せて」はかなり微妙だとは思ったんですが、「エルザは何処」と合わせて『あ〜る』という軸を通してみたい欲望に勝てず、項目立てしてしまいました。
・「殴ったな」は原典の方で、「撃ったな」かどうかの確信が持てなかったのでそのような表記に。
・クトゥルー全然なのでライカさん編とか姫さん編とかは無理っす。
・CGではバロムクロスじゃないっすね。でもまあ、そうだろうと。注釈は多いに越した事はないですし。

 怖い話は怖いから読んでいなかったのだが、創元のラブクラフト全集を読み出した。頭から。ほう、これは面白い。

 ライカルート十話。
 ああ、アリスンは心配はしてくれるけど九郎お兄ちゃんと付き合うつもりはないのね。
 女ってのは小さくても女だな! つまり萌えって事です。

・如何なる生命も存在出来ない、超高密度の怨念呪念が渦巻く、死せる世界。
 古橋秀之『ブラックロッド』の「封印空間」の描写を思わせる。《ねっとりと熱く冷たい高濃度の怨念に満たされたそこは、虫一匹棲まぬ死の空間だ。》によるか?

・無限熱量vs絶対零度
 萩原一至『BASTARD!』のダーク・シュナイダーとカル=スの対決を思わせる。思い過しかも。

第十二話
・『知恵』と『勇気』
 神坂一『スレイヤーズ!』での用法を思わせる。

・右の前蹴りが水月に突き刺さる。 それだけに留まらない。水月を踏み台にして、左の前蹴りがメタトロンの顔面を捉えた。
 板垣恵介『グラップラー刃牙』で愚地克己が花山薫に使った技を思わせる。

 ライカED。
 ライカさんが妊娠していた九郎ちゃんの子供はどうなってしまったのだろう?
 みんなでライカさんを妊娠させようとする話。そんな競争はすべきではないからしなかった事にしよう、というのは間違いでもないが、HRHRって脳内で祭っていた俺の琥珀色の男の夢どこへ。


 古橋再読フラグが立ったのでメモ。
・『ブライトライツ・ホーリーランド』の最初に女の子が逃げ回ってる感じって微妙に『モナリザオーバードライブ』を想起させないでもない。
・そう言えば俺は昔ケイオスヘキサ三部作注釈を企画した事があった。古橋秋山特集の時。特集責任者がなかなか動かなかったせいで企画倒れになったが。
・有魂建材ってまさに「オメラスから歩み去る人々」よね。
・中高生の頃に古橋秀之とかを神と崇めてその勢いでクリエイター志望みたいな人って同世代には結構いそうな気がしたのだけれど、どこにいるのかしら。
・少なくとも一人は鋼屋ジン。
・鋼屋ジンは『BASTARD!』好きなんじゃないかなと思うのだけれど、『BASTARD!』好きな元長柾木に絶対デモンベインは書けないだろうなあ、と思うと元長愛が昂ぶるですよ。
・なんていうんでしょうね、あの、原理的にしか人間が把握できないので頭の良さ・悪さでダウンサイジングしていくような書き分けしか出来ない感じ。親近感湧くわあ。
・ついでに電撃文庫トリビア。橋本紡『猫目狩り』はウィリアム・ギブスン『ニューロマンサー』の盗作。間違いない。早川書房かギブスン本人か黒丸尚の遺族には裁判を起す事をお勧めしたい。絞れるで。いやマジで。今更だけど。
・電撃特集の時に先に読んでた人にサイバーパンクっぽい感じで悪くはない的に聞かされていたのだけれど、ぽいも何もまんまじゃねえかとある意味感動した。
・が、何分その時のメンツで『ニューロマンサー』を読んでいたのは俺一人。偏狭なジャンル意識に囚われたオロカな若僧(当時いちねんせー)扱いされたのは実は納得いかねえぞ。め。
 そういや間抜け4号こと転の字は『ウィザーズ・ブレイン』の『KANON』パクリには大喜びだった。どうよ。

私信。
 日本人のチンコ硬い説は日露戦争前後に政治的なアレで言い出したんだかなんだかって話よ。
 どこで聞いたんだろ。いかめしい顔だけどちみっちゃいオッサンが教壇で語っていた絵面は出てきてるんだけど。

3月3日(水)  紅蘭の誕生日ですな。
何歳の?

 それはそうと言い訳の必要に追いかけられる日々はいい加減やめにしたい。
 ずばっと正しい事言えないもんかなあ。

『痕』
 なんか俺様迂闊に『痕』とか書いちゃってますねえ。
 各ルート同士が無矛盾になるように設定を持ち込む事は、それこそその各分岐を辿る順番を固定でもしない限り必要がないのです、そもそも。
 にも関わらず、不必要にルート間の整合性を目指す作品がある。こういうものをどう考えればいいのか。
 制作側の事情を作品のなんらかの真実であると見做すのはオタクの悪癖なのであって作品の外側で思考停止する事に直結しかねないので極力避けたいところですが敢えて言いますと、ルート管理の放棄は制作上多大なメリットをもたらします。設計もスクリプトが単純になります。なので簡単に書けますし、デバグの量がぐっと減ります。
 つまりその程度のメリットがあるのならば、ルートは管理しなくていいと制作者をして思わせる何かがあるのです。
 ところでエロゲーマー/ギャルゲーマーには正しいクリア順について激論を交わす習性があります。各ルートがどのような順番でも解かれえるとしても、実際に解く順番は一つに絞り込まれざるをえない。
 ならば、その順番についての最善手をなるべく選び取りたい。
 『痕』のルート管理はその最善手を作品の側で明示したという事でもあるのではないか。
 なんかこの先まだロジックが繋がってないのでそのうち。


「うーん……なんていうのかなぁ……つまりそのデータベース的?」
 懐かしい話を思い出したのでクリップ。
 古橋秀之にもそういえば作者が格好よいと思うものを詰め込んだという感じという評価があったのでした。

DALさんついでに
主人公を成長させるというのは一人称のノベルギャルゲーにおいて慎重に慎重を期してなお報われない、というかプレイ上において意味の見えない不毛な作業ですってのはこう言う事だよなあ。


 十兵衛ちゃん2はあまりに大地大地してて正直キモいのですが、堀江由衣への溢れる愛情だけはひしひしと伝わってきてなんかこう、困る。

3月2日(火)  デモベ三昧
第九話
・ふふふふふふ――っ! 任ぁ―――――せて!
 ゆうきまさみ『究極超人あ〜る』の鳥坂先輩の口癖からか。

・鉄風雷火
 平野耕太『ヘルシング』の少佐の言葉からか。全文。

・完璧(パーフェクト)だ
 『修羅の門』からか?
 フランク・クラウザーが陸奥九十九戦を前にした弟子、飛田高明の状態を見て漏らした言葉。

・映画を見た後で、
 映画のポスターはニトロプラス『鬼哭街』。

・脳筋バカ
 古橋秀之『ブラックロッド』か。

第十話
第十一話
・50AE、460RUGER
 前者は現在世界最大口径のオートマチック用実包。アクションアームズ社がデザートイーグルのIMI社の協力を得て開発、1991年に発表した。
 後者は詳細不明。480Rugerの誤りか。480Rugerならばスターム・ルガースーパーレッドホークの口径の一つ。Hornady社の製造・販売になる。

・俺は黙って腕を突き出す。 ドクター・ウェストは頷いて、自分の腕をクロスさせた。
 いわゆるバロムクロスの形。さいとう・たかを『超人バロム1』では、白鳥健太郎と木戸猛の二人の少年がこのポーズを取る事で、超人バロム1に変身する。それは二人の友情の証でもある事から、友人同士がその絆を確認しあうシチュエーションで多用される。

第十二話
第十三話
第十四話
第十五話
最終話
・撃つべし撃つべし撃つべし〜っ
 高森朝雄・ちばてつや『あしたのジョー』から。
 「攻撃の突破口をひらくため あるいは敵の出足をとめるため左パンチをこきざみに打つこと。このさい ひじを左わきの下からはなさぬ心がまえで、やや内角をねらいえぐりこむように打つべし。」

 そんなわけでアルノーマル、ハッピー。どっかに今木さんがフォローしてないガンネタがあったはず。「殴ったね!?」が。
 ハッピーは普通のギャルゲーって感じでフーン。ノーマルはアホっぽいスケールのデカさが好き。
 あと、ちびアルが可愛い。ぬいぐるみとか商品化されてないのかしら?

3月1日(月)  Fateを解くと
デモンベインのフラグが立つ、というのはこれはどうにも普遍的な真実であるように思われる。
 ので、買ってきました。

 あ゙〜ジンギスカン食いてえ。
今木さんの足りないところを気付いた分だけ。
第五話
・エルザ! エルザは何処!
 「杉野! 杉野は何処!」か。
 日本最初の軍神、広瀬武夫中佐の逸話。日露戦争における第二回旅順閉塞作戦の最中、沈没しかかった船の中でこうよばいながら部下の杉野孫七二等兵曹を探し歩き、結局共に帰らなかったという。
 なお、ゆうきまさみ『究極超人あ〜る』最終話に、鳥坂先輩が春高屋上要塞廃墟で「杉野 杉野はいずこ!?」と叫ぶシーンがある。

第六話
・自由への逃走
 エーリッヒ・フロム『自由からの逃走』か。

 いや、とりあえず二箇所だけですが。


 ひとりごちる2月29日
 北守は「西歐由來の概念」の話なんてそもそもしていないように見えますが。「西歐由來の概念」にもし「峻別し難い事柄をも徹底的に峻別を行ふ思考樣式」が見られたとしても、それをもって現実の過去のヨーロッパ社会がそのような思考様式に基づいていたのだとは言えません。だから、野嵜さんがそうであるかのように喧伝している事を批判しているだけでしょう。過去のヨーロッパについての野嵜さんの言及は便宜的なもので、ヨーロッパが現実にどうだったかを考える事は野嵜さんの目的では多分ないでしょうから、北守の指摘は野嵜さんの主張に対する反論ではそもそもありえないのです。
 現実のヨーロッパはさておき「西歐由來の概念」にはキリスト教の影響が大きいから、キリスト教を理解する事で「西歐由來の概念」への「適應異常」をどうにかできるというだけならばその主張自体の(哲学的? 文学的? 社会学的?)是非をさておけば、歴史学的には問題のない言い方です。
 北守は、そういう言い方をすべきだと指摘しただけだったはずです。何の留保もなしにという文言は留保すればよいという意味に他ならないでしょう。その先は、留保をつけないで現実のヨーロッパと「西歐由來の概念」の故郷である仮想的な「西歐」を同一視する事が歴史学的にはお話にならない事を言挙げているだけです。
 なのに何故か野嵜さんは「西歐」は現実のヨーロッパそのものだ、と言い張ってしまう。それはどう考えても無理があるし、野嵜さんにとっては回り道でしかない。
 政治と峻別された道徳の領域の話などはかなり興味深いので、そちらについてもっと書いてはもらえないものかと。


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